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モノづくりの変遷と、人のあたたかさを感じられる歴史館。

株式会社ソミック石川[100夢プロジェクト|歴史館+社史] - 船木 利彦 / 村山 祐子 / 平野 弘枝

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モノづくりの変遷と、人のあたたかさを感じられる歴史館。

――2016年に創業100周年を迎えるにあたり、ソミック石川ではさまざまなプロジェクトが立ち上がったと伺いました。「歴史館」はどのような経緯で生まれたのでしょうか?

船木当社は自動車部品の開発メーカーですが、その時代ごとに求められる部品を製造してきたこともあり、「歴史を大切にしよう」という文化がなかったんです。また、部品の製造といっても、若い社員の中には「一体どこに使う部品なのだろう…?」と正確に理解できていない者もいました。車の中を見る機会はそうそうありませんし、部品もたくさんありますから。そこで、自分が何を作っているのか、どのように役立っているのかをわかってもらうために歴史館を作ろうという話が持ち上がったんです。

――歴史館の建設と同時に、「社史」の編纂も行われたんですよね?

村山創業75周年の際にも社史を作ろうという話はあったのですが、すでに創業時のメンバーはみんな退職していたことからわからないことが多く、頓挫していました。しかし、100周年を迎えるにあたり歴史館をはじめ教育施設の新設や食堂の改修などさまざまなプロジェクトがスタートすることが決まり、改めて社史の編纂に取り組むことになったんです。

――100年の歴史をまとめる作業はとても大変だったんじゃないですか?

村山当社は退職した社員にも社内報を配っていて、年に1度OB会も開催するなどOBとの絆が深いんですね。それもみんなが会社に愛着を持ってくれているからだと思いますが、昔の写真提供を求め、役員経験者や父親が創業期メンバーというOBにも編纂チームに加わってもらうことでプロジェクトを推進していきました。


村山当社とつながりの深いトヨタなど関連会社にも昔のエピソードを伺いました。トヨタは創業者である豊田佐吉さんの時代には織機を開発していて、当社は織機の部品を納品していたんです。トヨタが自動車事業を拡大していくにしたがい当社も自動車部品メーカーへと移行するのですが、豊田佐吉さんが1924年に発明した自動織機に使われていた根角ボルトやナットのような部品は、当社には図面しか残っていませんでした。ところが、トヨタグループでも社員教育のために過去の織機の部品を探し回っている方がいて、2009年に徳島県の会社で当時の部品を見つけていたんです。

――それは、1924年に開発された織機の部品が2009年まで稼働していたということですか? それとも資料の一部として保存されていたんですか?

平野実際に稼働していたそうです。

船木その根角ボルトとナットはトヨタグループの提供を受けて、いまは歴史館に飾っています。歴史館は社員が自分たちの仕事に誇りを持ち、人のあたたかさを感じられる場所にしたいというコンセプトのもとに建設を進めましたが、社史編纂チームの努力もあって思い描いていた通りの建物になりました。

村山駅前のポスターで創業100周年を迎えることを知ったある業者に「社史を作らせてほしい」とも言われました。理由を聞くと、「ソミック石川はみんな“人が良い”から、少しでも力になりたい」と。

平野歴史館の完成後には、小学校3年生の男の子が夏休みの宿題で「すごいことを調べたいから」と当社を研究材料にもしてくれました。その時はスタッフが1人ついて歴史館をくまなく案内したのですが、歴史を紐解いていく中で企業間のつながりだけではなく、地元の方とも助け合いながら歩んできた100年だったのだと私たちも実感できましたね。

船木毎年夏祭りの時には、地元の方にも歴史を開放しているんです。当社の歴史だけでなく、モノづくりの工程や変遷もわかりやすく展示しているので、多くの方に2度3度と足を運んでほしいですね。

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船木 利彦

株式会社ソミック石川
経営企画部 企画室 室長

村山 祐子

株式会社ソミック石川
経営企画部 企画室 秘書G GL

平野 弘枝

株式会社ソミック石川
経営企画部 企画室 秘書G 主任

Company

株式会社ソミック石川

静岡県浜松市の自動車部品メーカー。自動車の重要保安部品「ボールジョイント」の製造を手掛ける。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )