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tsukuru*hito (ツクルヒト)

tsukuruhito file #6

かつて紡績工場で栄えた街に、観光客も楽しめる縫製工房をつくる。

株式会社竹杉商事 / 代表取締役 / 杉田 雅紀

Webメディアの企画・運営を手掛ける『PrmaCeed』の代表・岩田彰人が、さまざまな業界のキーパーソンと対談するこの企画。 今回のお相手は、旅館で着用する浴衣をはじめ宿泊施設の業務用資材を提供している竹杉商事の杉田雅紀さんです。 もともと浜松を中心とした静岡県西部は江戸時代から綿花の一大産地で、明治時代には紡績工場ができるまでに発展。昭和初期、日本は綿布の輸出量で世界一となります。 しかし、次第に外国の安価な輸入製品に需要を奪われ、繊維業は衰退。1973年の時点で静岡県内には7,541社の繊維企業があり、約58,000人が従事していましたが、40年後の2013年では295社、約5,300人にまで減少します。浜松の繊維業が危機的状況を迎える中、杉田さんは竹杉商事の2代目に就任します。現在、杉田さんはどんな想いを抱え、今後どのような事業展開を目指しているのか伺いました。

Chapter 1大学を中退し、アクセサリーショップの店員に。26歳で家業を知る。

岩田今日は杉田さんに浜松の繊維業や会社の将来についていろいろ聞きたいと思っています。よろしくお願いします。

杉田いま旅館に泊まると大抵は寝巻用の浴衣が置いてあると思いますが、実はこの寝巻浴衣の形を作ったのが浜松なんですよ。江戸時代の襦袢からより寝やすい用に発展した形ですね。当社は1984年の創業以来、寝巻浴衣を中心にタオル、寝具のシーツ、枕カバーなど、主に旅館やホテルで使われるリネン製品の製造と卸販売を行っています。

岩田1984年の創業だと、杉田さんは2代目ですか?

杉田そうです。40~50年前に旅館やホテルのリネン類を一括して回収・洗濯・納品するリネンサプライサービスがアメリカから導入され、ここに浜松の業者も食い込みました。当社も、先代が丁稚奉公から独立した後は旅館が提携しているリネンサプライ業者にリネン製品を卸し、一部生産も手掛ける、という感じですね。この事業ベースは今も変わりません。

岩田子どもの頃から「うちは旅館用の浴衣を作っている」という認識はあったんですか?

杉田いえ、何か商売をしていることは知っていましたが、何の商売をしているかは知りませんでした。先代からはずっと「継がなくていい」と言われていたので、知ろうとしませんでしたね。

岩田こうした会社を「継がなくていい」と子どもに言うのは珍しいですね。この企画を通して浜松で活躍されている色々な業界の2代目・3代目社長とお会いしましたが、ほとんどの方は先代から「継げ」と言われていましたよ。

杉田当社に親子で働いている方がいたんですが、その子どもに会社を継がせたかったようです。一緒に働くうちに、「経営の才アリ」と見たんでしょう。

岩田では、進学の際も特に家業のことは考えずに決めたんじゃないですか?

杉田理系が好きだったんですが英語が苦手なので、受験科目に英語がない学校を探して受けました。大学は東海大学の開発工学部 素材工学科です。

岩田あ、そうでしたか。私も東海大の工学部出身なんですよ。工学部のキャンパスは湘南でしたが、 開発工学部は沼津ですよね。

杉田毎日化学の実験と、アクセサリー販売のアルバイトばかりしていましたよ。

杉田自分で売って稼ぐ仕事が面白くて次第にアルバイトに熱中するようになり、アルバイト先で新しいショップを立ち上げる話が持ち上がった時は「立ち上げ準備に携わりたい」と伝えたほどです。でも、「アルバイトのままじゃ無理」と言われたので、大学を中退してそこの社員になりました。

岩田それはまた随分と思い切りましたね。

杉田バブルは弾けていましたけど、2000年くらいまでは家業も比較的上手くいっていたので、特に問題はなかったんです。ただ、それ以降は取扱量も下がってしまい、結果的に26歳の時に実家に召還されます。

岩田「継がなくていい」と言っていたのに。

杉田言っていたのに、です(笑) ただ、ちょうどその頃に先代が継がせたいと思っていた人が独立して辞めちゃったんですよ。

岩田親子共々辞めた、ということですか?

杉田はい。

岩田それは「いますぐ帰ってこい」になりますね。

杉田そんな訳で、家業が何をしているのか――商材、業界、取引先など26歳で初めて知ったんです。

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Tsukuruhito

杉田 雅紀

杉田 雅紀

株式会社竹杉商事
代表取締役

Company

株式会社竹杉商事

業務用の繊維製品の製造・卸販売。「浜松旅館のゆかた 美杉堂」として旅館向けの寝巻き浴衣を主力商品に製造・卸販売も行う。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )