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tsukuru*hito (ツクルヒト)

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産学官で連携し、金型業界をグローバルスタンダードに。

株式会社小出製作所 / 代表取締役社長 / 小出 悟

Webメディアの企画・運営を手掛ける『PrmaCeed』の代表・岩田彰人が、さまざまな業界のキーパーソンと対談するこの企画。 今回のお相手は、アルミダイカスト用の金型を設計・製作している金型専業メーカー、小出製作所の代表取締役社長・小出悟さんです。 アルミダイカストとは、溶かしたアルミニウム合金を鋳型に注入し、高圧を掛けて鋳造する方法。小出製作所はこの技術を使い、主に自動車のエンジンやミッションケースの金型を製作しています。 「簡単に言えば、生地を流すための“たい焼きプレート”を作っているんだよ」 笑顔でそんな例えを持ち出してくれる小出さんは、2018年6月、一般社団法人 日本金型工業会の会長にも選任されました。 これまでの会社とご自身の歩みと共に、今後の金型業界についてもお話を伺います。

Chapter 1実家の床を抜き、金型工場をつくった先代。

岩田今日は会社や小出さんのこと、さらに金型業界のことまで、いろいろお話を聞きたいと思っています。早速ですが、まずは会社の成り立ちから教えていただけますか。

小出先代はもともとアルミのダイカスターに勤めていたんだけど、38歳の時に脱サラして金型のブローカーになったんだ。自分で受注したものを外注し、完成後に納品する、という。ブローカーを4年続けた結果、「モノを作れば売れる。そして、金型は今後も求められる」と確信を持てたようで、42歳で起業して創ったのが、この会社というわけ。それが1963年のことだね。

岩田高度経済成長期のど真ん中ですね。作れば売れる、と確信できたのも肯けます。

小出ちょうど私が小学生の頃に親が脱サラや起業で忙しくしてたから、夕方になるといつも妹たちと工場で遊んでいたな。

岩田起業してすぐに工場を建てたんですか。周到に準備していたんですね。

小出いやいや、金型メーカーだから機械を導入しなきゃ仕事にならないけど、工場を建てるお金や機械を置く余分なスペースはなかったから、家の床を抜いて無理矢理工場に仕立て上げてたんだよ(笑)


岩田大胆すぎるアイデアですね。今のエピソードだけで、先代の人となりがなんとなく想像できてしまいます(笑)

小出当時は金型も部品も何でも作ってたけど、そういう場所でできることって限界があるじゃない。だからいつも17時を過ぎたら知り合いに電話して、「工場を使わせてくれ」って頼んでたよ。OKをもらえたらそこに材料を運んで製作してた。

岩田とてもエネルギッシュですし、仕事への情熱を感じますね。自宅や知り合いの工場で働くご両親の姿が原風景となっているなら、やはり将来は会社を継ごうと早くから意識していたんですか?

小出大学は工学院大学の機械工学部に進んだけど、家業を意識して経営概論くらいは学んだね。でも、その頃は会社を継ごうなんて全く考えてなかったよ。実際、就職活動では300~500人規模のモノづくり企業を志望してたから。

岩田そうだったんですか。では、最初の就職先はどこに?

小出それが、今のように個人情報についてしっかり管理する時代じゃないから、履歴書には兄弟の有無から両親の学歴まで、「どこの誰か」がわかる情報を全部書くんだよ。で、うちは3人兄妹で男は私1人。そこまで確認したら、面接官は絶対こう言うんだよ。「3~4年働いたら、どうせ実家に帰るだろ」って。

岩田履歴書から面接まで、今では採用時にやってはいけないことのオンパレードですね。びっくりします。

小出まあ、それが当たり前の時代だったから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、結局就職活動に失敗して、親に泣きついて小出製作所に入社したんだ。

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Tsukuruhito

小出 悟

小出 悟

株式会社小出製作所
代表取締役社長

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株式会社小出製作所

金型製造を新たな次元へ昇華させるKOIDEの技術。時代の先を見つめる革新性が、KOIDEのソリューションです。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )