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tsukuru*hito (ツクルヒト)

tsukuruhito file #10

浜松で育まれた「うなぎの中食文化」を、全国へ。

有限会社うなぎの井口 / 代表取締役 / 井口 恵丞

Webメディアの企画・運営を手掛ける『PrmaCeed』の代表・岩田彰人が、さまざまな業界のキーパーソンと対談するこの企画。 今回のお相手は、うなぎの「持ち帰り」と「地方発送」を専門とする『うなぎの井口』代表取締役・井口恵丞さんです。 うなぎの産地として有名な浜松は、養殖、販売、飲食が一貫して流通する数少ない地域。そして、スーパーや専門店で調理済みの料理を購入し、自宅でひと手間をかけて食卓に並べる「中食」文化も盛んでした。こうした背景から、「うなぎを白焼の状態で持ち帰って食べる」という浜松ならではの食文化が生まれます。 この伝統を受け継ぎ、さらに全国へ広めようと、うなぎに関するさまざまな情報発信やオリジナル商品の開発に力を入れてきた井口さん。変わりゆくうなぎ事情と、今後の展望についてお話を伺いました。

Chapter 2「より良い商品」とは、誰にとって「より良い」のか。

岩田白焼の持ち帰りが浜松の食文化に非常に合っていたことがわかったので、続いて会社のことを教えてください。

井口国鉄が民営化されてJRになった時、父親が脱サラして開業しました。1988年(昭和63年)のことなので、今年で創業30年です。

岩田脱サラしてうなぎの持ち帰り店をはじめるとは、かなり大胆な行動ですね。

井口父親は婿養子だったんですが、実家がうなぎの養殖と白焼の持ち帰り店を営んでいて身近な存在だったからだと思います。開業の際は、母親も父親の実家で「焼き」の勉強をしたそうです。

岩田開業時、井口さんは何歳ですか?

井口17歳でした。

岩田高2の頃なら、結構店の手伝いに駆り出されたんじゃないですか?

井口それがまったく。興味もなかったですし、手伝えとも言われませんでした。

岩田では、どういうきっかけでうなぎ屋になろうと思ったんですか?

井口名古屋の大学に進学してから飲食店でアルバイトをはじめたんですが、大学在学時にオーナーから店を任されることになったんです。そこで経営の面白さに触れたことがとても大きかったですね。お客さんとコミュニケーションを図るのも好きでしたし、これなら実家の店も継げるんじゃないかと思うようになりました。23歳の終わり頃には浜松に戻ってきて、うなぎを捌く修業に出ていましたね。

岩田代表になったのはいつ頃ですか?

井口それが、修業中に父親の糖尿病が悪化し、それからすぐ他界したんです。そのため、まだまだ半人前だったんですが、いきなり2代目に就任することになりました。

岩田ということは、捌く修業も一旦棚上げですか。

井口営業日は店を回さなければならないので、休日の午前中に修業に行き、午後は他の店を見学して回ってリサーチしていましたね。もともと父親は公務員で母親は専業主婦でしたから、自分たちの利益に対して無頓着で、あまりに安価でうなぎを提供していることがわかったんです。

岩田自分たちが普通に生活できれば、別に儲けなくてもいい、という。

井口そうです。でも、うなぎって仕入れ値も変動するし、先の見通しが立てにくい業界であることには違いない。そのため、3年かけて売値を段階的に上げていきました。代表になって最初にした仕事が、値上げでしたね。

岩田他の飲食業に携わった経験というのは、代表になって活きていると感じますか?

井口うなぎ業界の風習を知らなかったので、異業種のアイデアも積極的に取り入れることができましたね。何かをつくって売ろうとする時、作り手はみんな「より良いモノを提供したい」と考えています。でも、問題は「誰にとってより良いモノなのか」ということです。お店にとって、業界にとっての良いモノではなく、やはり「お客さんにとって良いモノ」でなければならない。

岩田その通りだと思います。

井口だけど、テレビなどのメディアでうなぎが紹介される時って、どういう紹介のされ方が多いと思いますか?

岩田焼き方とか味の紹介が多いんじゃないですか。

井口そう、どの媒体でも産地に軽く触れるくらいで、ほとんどは焼き方かタレの紹介だけなんです。でも、それではお客さんにとって「どこのうなぎが良いのか」と判断する材料があまりに少ないと思いませんか?

岩田確かに、うなぎの判断材料って味しかなかったかもしれませんね。牛や豚なら、産地や生産者の他、時にはエサまで表示してますよね。

井口そうした食材の付加価値を高める情報が、うなぎにはなかったんです。かつて夏にうなぎが売れないという相談に対し、平賀源内が「丑の日に『う』が付くものを食べるようPRすればどうか」と言ったのは、そもそもうなぎに夏バテに利く栄養素が含まれているから。でも、うなぎの栄養素なんてどこにも語られていない。だから、お客さんと接する私たちがうなぎの栄養素や養殖業者の熱意などをもっと伝えていかなければいけないと感じています。それが結果的に、「お客さんにより良いうなぎを届ける」ことになればいいな、と思って。

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井口 恵丞

井口 恵丞

有限会社うなぎの井口
代表取締役

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有限会社うなぎの井口

昭和63年の創業の、うなぎの産地「浜松」でも数少ない持ち帰りと地方発送の専門店です。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )