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tsukuru*hito (ツクルヒト)

tsukuruhito file #12

メイド・イン・ジャパンにこだわり、地域との共生を図る。

有限会社ぬくもり工房 / 代表取締役 / 大高 旭

Webメディアの企画・運営を手掛ける『PrmaCeed』の代表・岩田彰人が、さまざまな業界のキーパーソンと対談するこの企画。 今回のお相手は、縞模様が特徴的な浜松の伝統織物「遠州綿紬」を受け継ぐ『ぬくもり工房』の代表取締役・大高旭さんです。 浜松は江戸時代から昭和初期まで綿花の一大産地として栄えていましたが、徐々に衰退し、約10年前には地元の方も「知らない」と首が傾げてしまうほど遠州綿紬を目にする機会は限られていました。 そんな中、大高さんは昔から続く「メイド・イン・ジャパンの強み」に着目し、会社を起業。以来、現代の暮らしに調和する和雑貨のオリジナルブランド『つむぐ』を立ち上げ、いまでは多くの商品が百貨店に並んでいます。 起業から約10年で「ブランディングの成功例」と評されるまでに成長してきた過程と、今後の展望についてお話を伺いました。

Chapter 1遠州綿紬の歴史を知り、PRする価値を知る。

岩田最初に、なぜ遠州綿紬の会社を立ち上げたのか教えてください。

大高もともと祖父が繊維問屋で、遠州綿紬の反物を扱っていたんです。ただ、父親の代で布団のシーツや枕カバーの製造・販売事業に移行していたので、反物の事業は細々と続いているだけでした。まだ祖父が現役だった頃、近くで見た縞模様の反物が光って見えたのだけ覚えています。

岩田大高さん自身に遠州綿紬のルーツはあったんですね。

大高そうなります。とはいえ、2000年代初頭にはもう地元の人でも「遠州綿紬なんて見たことがない」という状態にまで衰退していました。そんな中、父親の会社で遠州綿紬の良さに気付いた方が居て、楽天市場を立ち上げたんです。その時に付けた名前が『ぬくもり工房』。

岩田社名は大高さんが付けたんじゃなかったんですね。

大高はい。楽天市場を立ち上げた店長が寿退社することになり、私がまるごと引き継いだんです。


岩田楽天市場を引き継ぐ前は何をしていたんですか?

大高名古屋の大学を中退して飲食店で働き、お店を共同経営していました。でも、若い頃にがむしゃらだった分、経営者になって1~2年経つと急にモチベーションが下がったんです。飲食店って、やっぱり経営者のやる気が売上に直結するんですよ。次第に売上も下がり、「浜松に帰ろう」と思い2005年に父親の会社に入社しました。それが26歳の頃ですね。

岩田ということは20代半ばで一度経営に挫折して、転職後、引き継いだ楽天市場をベースにもう一度起業したということですか。よくまた会社を創ろうと思いましたね

大高遠州綿紬について知れば知るほど、「これはPRする甲斐があるな」と思ったんです。浜松では江戸時代に農家の冬仕事として“機織り”が始まったとされていて、糸を作る人・生地を織る人など、さまざまな工程を得意な人が担当することで自然と分業制が生まれました。その歴史はいまも受け継がれ、工程ごとに職人から職人へとわたり、メイド・イン・ジャパンの手仕事によって1つの製品となっています。これを人知れず埋もれさせておくのはあまりにもったいないと思ったんです。父親から、「やるなら自分の力でやった方が良い」と言われたこともあり、遠州綿紬を扱う『有限会社ぬくもり工房』を2006年に創業しました。

岩田私も周囲から「創業してみれば?」と言われて決心したタイプなんですが、不安はありませんでしたか?

大高基本的に行き当たりばったりの人生でしたが、遠州綿紬のストーリーと魅力を伝えることができれば何とかなるかな、みたいな。当時はそんな感じでしたね(笑)

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Tsukuruhito

大高 旭

大高 旭

有限会社ぬくもり工房
代表取締役

Company

有限会社ぬくもり工房

遠州綿紬(めんつむぎ)を始めとする遠州の織物や染物を全国ブランドにし、永続的に続く産業とする。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )