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tsukuru*hito (ツクルヒト)

tsukuruhito file #14

がんを患い、治療の副作用で髪が抜ける。沈んだ表情を笑顔に変える、専門美容室。

株式会社PEER / 代表取締役 / 佐藤 真琴

Webメディアの企画・運営を手掛ける『PrmaCeed』の代表・岩田彰人が、さまざまな業界のキーパーソンと対談するこの企画。 今回のお相手は、がん治療の副作用で髪が抜けてしまった方や脱毛症、無毛症などに悩む方々に対して市場価格の20分の1(5~6万円)でウィッグを提供している、株式会社PEER(ピア)の代表取締役・佐藤真琴さんです。 同社が運営する「専門美容室ピア」では脱毛時期の過ごし方を一緒に考え、1人ひとりに合ったウィッグとヘアスタイルを提案しており、いまでは全国から年間1,000人が相談に訪れるほど。そして、佐藤さんは全国の美容室とノウハウを共有することでがん患者支援の仕組みづくりも手掛け、2009年には『女性起業家大賞』や『日経ウーマンオブザイヤー』などを次々と受賞します。 その華々しい経歴から数多くの取材を受けてきた佐藤さんですが、今回の対談は「どのような幼少期を過ごしてきたのか」、「今後どのような展開を考えているのか」など、これまであまり語られなかった部分にもフォーカスをあて進行しました。佐藤さんの人となり、そして、医療と生きるすべての人たちへの力強いメッセージをお伝えします。

Chapter 1原風景は特にナシ。「息をしていれば良かった」子供時代。

岩田今日は真琴さんの人となりを伺おうと思いやって来ました。よろしくお願いします。

佐藤人となりであれば15分くらいで終わるかもしれませんね(笑)よろしくお願いします。

岩田PEERの事業内容についてはこれまでもさまざまなメディアで語られているので、まずは子供時代から話を伺い、その上でこの事業を手掛けようと思った理由や今後の展望などをお聞きしたいと思います。

佐藤子供の頃ですか…とても育てにくい子でしたね。両親が共働きで保育園に行っていましたが、給食が食べれず5時間くらい居残りさせられ…「給食を食べるのに時間がかかった子リスト」が保育園の教室に掲示されていたんですが、いつも1位でした(笑)

岩田いきなりインパクトのあるエピソードからはじめますね(笑)

佐藤ひらがなを読めるようになったのも、小学校にあがる前。それからは家にあった百科事典のひらがな部分だけを読んでいるような子供でした(笑)

岩田文字を覚えるのも給食を食べるのも遅かったような子が思春期を迎えると、どうなったんですか?

佐藤中学・高校では“ゆるすぎる”女子校に進学したおかげで、何もせず過ごしました。

岩田多感な時期ですから、何かしたでしょう?

佐藤読書くらいで、他は何も…本当にゆるい女子校で、優秀な子は東大に行き、勉強が嫌いな子は卒業したら家事手伝い、みたいな感じだったんです。だから教師も何も言わないし、何もしないことを怒らない。息さえしていれば良かったんです。

岩田うちの会社は通信制高校の比較サイトなども作っているのでいろいろな学校を知っているつもりですが、「息をしていれば良い学校」というのは初めてです。

佐藤親にも勉強しろと言われず、「なんでここに座って授業を受けているのかなー」とは考えていました。でも、その問いかけを友達にも先生にもすることはなく、ただボーッとしていましたね(笑)

岩田凄いですね。いまのところ『女性起業家大賞』や『日経ウーマンオブザイヤー』を受賞した片鱗は皆無です(笑)

佐藤ずっと日向ぼっこをしているような学生時代だったので、競争を植え付けられた瞬間がないんです。だから、できないことに対して「できるようになりたい」とは思いますが、「あの人に勝ちたい」とは思いません。そのせいか、原風景もコンプレックスもないんですよ。

岩田そう言われると、真琴さんって誰に対してもフラットですよね。それも「競争に身を投じてこなかったから」というのはとても納得できる理由です。高校を卒業してからはどうしたんですか?

佐藤浪人してアメリカの大学に進学し、卒業後にリクルートに入社しました。でも、ジャケットを着るのが面倒になって退社。データ処理の派遣社員に転身します。

岩田駆け足で時が進みましたが、中学・高校をのほほんと過ごしていたのに大学はアメリカを選んだんですね。

佐藤10代の私を知ればわかってもらえてると思いますが、もちろん「これを学びたい」という明確な目標があって進学したわけではありませんよ(笑) たまたま見ていた留学情報誌で、目に留まった学校に行っただけです。

岩田学生時代の過ごし方を考えると、まあ、そうでしょうね(笑)だけど、海外の大学を出てリクルートに入るなんて、一般的に見ればエリートコースじゃないですか。なぜその道を捨てたんですか?

佐藤中学・高校・大学と競争を知らずに育ったせいか、学歴や職業にこだわりがないんですよ。それに、ちょうどITバブルの頃だったので、3DCADを使って簡単な図面修正をするだけで月に30万円もらえたんです。

岩田月30万円もらえたら生活には困らないですし、ストレスフリーで働けるならそちらを選ぶのは理解できます。

佐藤ただ、楽だった分、「このままだと人生を踏み外すかもしれない」と感じ、改めて今後の人生について考えてしまいました。

岩田楽に稼げることを知ってしまったせいで、逆に危機感が芽生えたんですね。

佐藤あと、海外で過ごした経験もやはり大きかったですね。帰国して自分で稼ぐようになってから、「日本に居れば死なないな」と思うようになりました。天災のような不可抗力や外的要因で突然人生の終わりを迎えることはあるかもしれないけれど、犯罪に巻き込まれたり餓死するようなことはまず起こらない。「死なないんだったら、迷った時はエキサイティングな方に進もう」と考えるようになったんです。

岩田起業家の片鱗が見えてきましたね。

佐藤そして、派遣社員も辞めて25歳で看護学校に入学しました。看護学校を選んだのは、母親も看護師をしていたことが大きかったですね。

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Tsukuruhito

佐藤 真琴

佐藤 真琴

株式会社PEER
代表取締役

Company

株式会社PEER

病気、治療、病気の副作用と共に生きるすべての人が暮らしやすい社会づくりに貢献するサービスを作り、提供する。

この記事を書いたライター

是永 真人

是永 真人 ( これなが まさと )